発達支援インストラクター Hagino Akiko

個性豊かな子どもたちは、周囲の環境によって生きづらさや学びづらさをもつことがあります。これから未来を歩く子どもたちが、社会で強く幸せに生きていくために必要な支援をしています。子どもたちが発達していくために、真剣に向き合っています。
困りごとをもつ個性豊かな子供たち、お母さんが困ったときに立ち寄れ、自信をもって歩いていけるよう、丁寧なサポートを総合的・継続的に行います。

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教室で大切にしていること~知的能力開発プログラム

神戸明石校に通ってきてくれている生徒たち、皆それぞれ個性豊かで本当に可愛いです。接する時間や濃度が濃く慣れはなるほど、この子のためにもっと何かできないか、もっと伸ばすためにはどうするか、そんな思考がぐるぐる頭を駆け回ります。そんなことを日々考えていると、自然に愛着が沸いてくるのです。個を伸ばすためには、自分の学びをそれだけ深めていく必要があるだけに、いつも忙しそうだと友人には言われるけれど、それ以上に子達から教えてもらえる喜びがあります。感動があります。自分の学びを止めたら自分を信じてきてくれる生徒に、親御さんに、失礼です。見映えだけが良いところにはなりたくはないのです。それに、私自身が満足しないでしょう。今来てくれている生徒が成長すればその成長に合わせて関わりは必然的は変化していくはずです。受け入れる子達の年齢も広がります。やまもと代表は、そうやって生徒を大事にしてきました。私も通ってきてくれている生徒を大事に見たい。自分の最大限を尽くせる範囲で、丁寧に。必要な時期に、必要なアプローチを。地域で子どもを育てることが難しくなりつつある現代です。温かいまなざしが少なくなりつつある現代です。表面的なことをただこなす場にはしたくはありません。今日の知的能力開発プログラムの研修で改めて感じました。こんなに個を大事に育ててくれる、考えてくれるところは果たしてどれだけあるだろう、と。ワーキングメモリーや視機能、ソーシャル、アカデミックスキル、それらをただ単純にトレーニングするだけでは、人間としての奥深さや温かみは感じません。私たちは、必要なスキルを獲得し、伸ばすためのアプローチをする上で、人間味のある関わりをもって、子達を親御さんと一緒に育てていきたいと思っています。AIの発展により、多くの職業が人間からAIに移り変わる時代になります。人間は人間にしかできないユニークで柔軟な思考を求められます。そんなユニークな思考を伸ばすには、それ以上にこちらがユニークで柔軟にかかわることが必要です。私なら、自分の子は絶対に個をしっかり見つめ、育てようとしてくれるところに通わせたい。それが一番の願いです。だから、うちの教室はそれを自信をもって、胸を張れるところでありたいと思います。

深く学ぶということ

こんにちは。神戸・明石校 萩野です。 私の学生時代を振り返って、学んだことで覚えていること・・・記憶をたどっても、授業の中で覚えていることって、ほとんどないのが本音です。 数学の難しい方程式や社会の歴史で暗記したことも。英語でたくさん詰め込んだ単語や文法も今では正確に書けたり、話せるかと言われると、自信はありません。  では、どんなことが思い出されるのかというと… 小学校3・4年生の月に一度のお楽しみ会のために皆で企画し、放課後には買い物に出かけ、進行も考えて実行したこと。道徳で同和問題や戦争について、自分たちで記事を集め調べ合ったり、体験者に話を聞いたり、それを皆で話し合ったりしたこと。 中学生・高校生は残念ながら授業の記憶はほとんどなく、部活動のことばかりが思い出されます。 ただ、高校生の受験期に小論文を書くために部活動の先生がほぼ毎日のように課題を出し、時間を削って見てくれたという記憶は鮮明に残っています。伝えたいことを表現できないもどかしさに苦戦し、涙することもあったけれど、先生が向き合ってくれた経験は未熟な時期ながらに感じました。また、その期間に読んだ本や聞いた話は、私の世界を広げてくれました。 小学校6年間の中でも3・4年生の担任の先生は、体験と学習を結び付け、深く学ぶ機会を与えてくれていたように思います。理科の実験も図工の制作もこの時期の作品はなぜか色濃く記憶に残っています。クラスも一体感があり、振り返るとあのような経験は学生時代の中で、他になかったように思います。 外に出かけること、体験することはたくさんあっても、そこから深い学びにつなげられるかどうかは、先生の考え方や価値観によって大きく違いました。 深く学ぶということは、想像力を刺激し発達させます。 多く知っていることが、想像力をはたらかせるわけではなく、私たちは知らないことについて想像力を働かせることはできないのだということです。これはLOFで教わりました。 何かについて知れば知るほど、私たちはそれについてさらに想像力を働かすことになるのです(Egan1997)。 どういうことだ?なんでだろう?もっと知りたい。そんな事柄に対しての取り組みが想像力を刺激していくのでしょう。 広く浅い知識の土台ではなく、一見遠回りで無意味ではないかと感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも、そのような学びが深まることで、一つの学びが別の学びにつながり、広がりをもっていくのです。 LOF教育センターでは、中学生以降の子たちのグループワーク学習や、若者たちの学びの場である、ソーシャルラーニングスクールでは深い学びを続けており、彼らの目を見張る成長を目の当たりにしています。 ユニークな子を伸ばすには、ユニークな子育てを。やまもと代表の言葉です。 冬の野菜と言われて、名前をどれだけ挙げられるでしょうか?漢字、匂いや味、野菜の旨味や栄養を残す調理方法は?食品ロスって?何が問題なの?どう考えよう。私たちにできることは?学びはいくらでも深くなります。 子どもたちに本物の学びの機会を。

縄跳びと目標と達成感。こどもの力。

息子の幼稚園では縄跳びに力を入れています。回数の目標はありますが、子どもによって進みかたも違えば、発達の積み上げている土台も違います。それぞれ個人によって、目標も違ってくるはずです。縄跳びは、手を回し続ける、縄が地面についたらその場でジャンプする等、一度に意識する動作が重なり難しいです。息子は、やりたい気持ちはありつつも、苦手意識からか、自らやろうとはしませんでした。僕はまだ2、3回しか跳べへん。と息子が言います。土台はできてきているし、焦らなくてもいい。でも、苦手意識から避けるよりも、やってみよう!と息子に伝え、一緒に練習することになりました。まずは息子の跳びかたをじっくり見て、縄跳びに必要な動作をわけていきます。縄をまわし続けること。その場でジャンプをし続けること。リズムをとりスピードを調整すること。ブーメラン遊びをして縄を回したり、片手ずつで一緒に縄を回して、家族に跳んでもらったりしました。また、リズムは縄をおいて、手を叩いてジャンプしたり、人が跳んでいるのを見て声を出してリズムをたーんたん、等と確認をしたり、歌を歌ってジャンプしたり。家族みんなで縄跳びをすることもありました。父の三重跳びやはやぶさを見て、子たちが、父のように跳びたいと思うこともまた良い時間になります。そうしたら、息子に跳びたいと意欲が出てきました。目標5回。5回跳べました。嬉しくなり、10回跳びたいとまたがんばります。10回跳べると、また勢いづき、15回、20回跳べるようになりました。○○くんは、もっと跳べるねんで。と息子が生き生きした表情で言いました。じゃあ、○○くんはめっちゃくちゃ練習してがんばったんやなぁ、かっこいいなあと私が言うと、そうやな!と言ってまた縄跳びを汗だくになってやっていました。次の日には、僕は20回跳べるようになったから、今度は30回跳ぶわ。それで、30回跳んだら40回。40回跳んだら50回。、、、90回跳べたら、100回まで頑張るわ。と、自ら目標設定をしていました。幼稚園からお友達と縄を持ち帰り、練習の日々(笑)今では300回跳べた!1000回まではまだまだやな、と。まさに好奇心を充たすべく目標を達成していくことが楽しくて仕方ないのです。子どもには、こうした経験が必要なんだと教えてもらいました。回数でなく、その子のペースでその子の乗り越え方で。小さな子も、きっかけや環境によって自分で目標を立てられるようになります。目標を達成する毎に自分で目標をかえて、またそれに向かって頑張ります。達成することにとても素晴らしい喜びを感じています。この経験は、縄跳びに限らず、すべてのことにつながります。教室の療育プログラムもまさにこの目標達成の連続です。子どもってすごい!親も一緒に楽しませてもらおうと思います。

保護者の方からのお話~子どもの発達への思い

こんにちは。LOFスタッフブログを更新しました。 ↓LOFに長い間通っていただいている保護者の方にお話を伺う機会がありました。とても心にしみるお話でしたので、たくさんのかたに知っていただきたいなあと話していたら、是非どうぞお伝えくださいとおっしゃっていただきましたので、ブログでお伝えしたいと思います。 そのお母さまは、お子さんが小さい頃、言葉がでない、目が合わず、意志疎通が図れない等たくさんの心配事を何とかしたい。との思いであらゆる所に出向き、相談されました。 病院では知的障害と診断され、もう伸びることはないだろうから、親として望まず、この子はこういうものと受け入れるように話されたそうです。 発達させたい。みんなと同じように学校に行き、その先の将来に希望をもってすすみたい。 そんなお母さんの気持ちに水をかけるように、多くの場所で厳しい言葉が飛び交い、悲しく悔しい思いをされてきたそうです。 この子を何とか発達させたい。と様々な療育もされました。 けれど、子どもが楽しめる遊びが中心で、いやと言えば何もやらない、好きなことだけをしましょう、いう日々の中、通っているという安心はありながらも将来への希望は見いだせなかったのだそうです。 そして、3歳になるころ、藁にもつかむ思いでLOFの門をたたいてくださいました。 そこから、意志疎通がはかれなかった子に言葉が出始め、たくさんの感情を表すようになりました。 その子がもともともっている豊かな感性も引き出されました。 みんなと一緒に学校に通う小学生になった今では、多彩な想像力をもち、ユニークなお話をたくさんしてくれます。 同時に止まっていた時間が動き出したかのように、知的能力も大幅に伸びていったのです。かかりつけの医師にも太鼓判を押されているそうです。 お母さまはおっしゃいました。代表のやまもと先生は発達するから大丈夫とおっしゃってくださった。未来が見えた。そんな所は他になかった、と。 療育に来たばかりは泣いてばかりだったけれど、ここを信じて続けてきて良かった、だからこそ発達し、今があるのだともおっしゃっていました。 ありがたいお話です。 お母さま自身もまた、多くの困難にぶつかりながらも一緒にもがき、向き合われてきました。今ではお子さんのかかわりに安定感があり、どっしり構えておられます。(ご本人はまだまだぶれます、とおっしゃってはおられますが) 本当に頭が下がります。 私たちの支援は子どもに寄り添うものでありながら、それは子どものご機嫌をとり上部だけを上手くすべらせていく形だけのものではありません。 発達を促したい、そこに目標、目的があります。 子どものイライラに向き合うことや子どもの発達を阻害するものは取り除いていくことも必要となります。 このお母さまもテレビは一切やめてください、とのやまもと代表の言葉をしっかり受け、テレビ生活を断たれました。 どの子も全てがそうであるわけではありません。でも、年齢や脳の発達により環境を調整し、阻害しているものを避けることは必要なのです。 『(テレビを)やめてみたら、別に見なくても普通になります』と笑顔で話されるお母さまから、お子さんへの深い愛情を感じます。 「これでいいか。ここまでで十分。」 子どもの可能性にこちら側が勝手に線引きしてしまうと、その可能性の芽が摘まれてしまいます。 子どもたちは私たちの想像をはるかに超えて発達することを見せてくれます。 その芽を摘むことなく、もっと先、もっと伸びることを念頭にかかわっていくこと、 それはLOF代表がいつも発している言葉でもあります。   子どもの未来のためのまず一歩。  踏み出すかどうかは、 人それぞれ。 でも踏み出してみたからこそ、 分かることがたくさんあるのだと思います。   貴重なお話をありがとうございました。

学びあい

新年明けましておめでとうございます。神戸・明石校 萩野です。 本年もよろしくお願い致します。 皆さんはどんな年末年始を過ごされたでしょうか? ゆっくり流れる時間をご家族と一緒に楽しまれたことと思います。  娘は年末も沖縄合宿に参加させていただきました。  娘は去年からは想像もできないほど成長しました。 では、何故、今そんなに困りを感じていないのに参加させるのか。  彼女がより豊かに強く生きていける方向に伸ばし育てていきたい。 ただそう思うからです。  良いものは、どんな子にとっても良いのです。    今回もテレビや、いわゆるアナログではないゲームが一切ない、自然いっぱいの環境の中で、 こどもの人数と同等数の先生方が愛情深く見守ってくださる中でたくさんの経験をさせていただきました。  子どもが主体的に考え、行動する。 沖縄から帰ってきた子どもは穏やかで、『とげ』がなくなっています。 それだけ、普段の生活では何かしらの刺激をたくさん受け、頑張っているのでしょう。 ずいぶん前になりますが、別の短期キャンプに参加して帰ってきたときに、とげとげしさがパワーアップしていたことを思い出します。  また、前回の夏の合宿では娘は100%に近いエネルギーを使って放心状態になりましたが、今回は力を抜いたり、入れたりしつつ、自分本来の姿を出すことができるようになったみたいです。 一見分かりにくいけれど、たしかに彼女の成長を感じます。  それを気付き見守っていただける。嬉しい気持ちとともに、感謝でいっぱいです。  仕事だから、やらねばならないから、で沖縄合宿に行かれる先生方はおられません。それぞれの思いは違えども、長い期間を子どもたちと一緒に過ごしたいという思いの根本をもって集まってくださる。  だからこそ、今の学校教育の中では学び合えないものがこの合宿にはあると感じます。  学び合い。  今子どもたちに本当に必要なことなのではないでしょうか。 成績や評価のない中でどう考え、どうかかわり合うのか。  娘のおかげで親も学び、ありがたいことです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 今年は。 自分の内側にもっと目を向けていきたいと思っています。 自分との向き合いかたを少し変えていきたいと。 大きな目標かもしれませんが、コツコツと積み上げていこうと思います。

本気で考えてくれる人

今日12月22日は冬至の日です。1年で最も昼が短く、夜が長くなる日です。一年でもっとも太陽の力が弱まる日ですが、その日を境に再び太陽の力が強くなることから「一陽来復」といって運が上向くとされていたそうです。今日はゆず湯に入りました。 冬至にゆず湯に入るのは、運を呼び込む前に体を清める、また、厄払いをするという意味もあるそうです。こうした行事ごとを通して子どもたちと季節を感じたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーー子どものための発達。それは、大人に都合のよい発達を求めていないだろうか。子どものための発達を考えるなら、子どもの今ある状態を見つめて、その子の発達に合わせたアプローチにつなげることが一番。子どもへの支援は、大人が理想とする状態にすることではない。その場しのぎの対処法はいつかつまずく時がくる。それは、その時その時の問題を抑えることを目的にしている対処に過ぎないから。子どもの可能性を広げるなら、時間がかかっても発達段階を戻してでも、その子がつまずいているところから丁寧に関わりたい。そうは思っても、ついつい焦って対処法を探してしまっている自分に気づき我にかえる。どうしたらいいのか。どうしたらこの子が進んでいけるのか。悩んで悩んで、あれやこれやと試してみて、違う方向に行ったり来たり、また戻って考えて・・・そうしていくうちに、段々と見えてくるものがある。余裕のない時はつい答えを求めてしまいがち。答えを求めて探し出すと、さらに混乱する。答えは自分で考え出すもの。だからこそ、子どもたちと同じように自分の土台をつくる努力は必要だなあと感じる。目に見える変化だけを求めてはいけない。自分自身を振り返りながら、焦るな、じっくり。そう言い聞かせて。私もそのくり返しをしている。今ある問題をどうしたらおさめられるか。ではなく、この状態の背景にあるのは何なのかを知ること。それに今できることはなにかを考えること。はやく何とかしたい気持ちを置いて、やはり試行錯誤は大事。それを無くして子どもには寄り添えないなあと思う。自分を立ち止まらせ、考えさせてくれる人の存在はありがたい。ただ共感して「そうだよね。」と言ってくれる人はたくさんいるけれど。そんな存在が必要な時もあるかもしれない。でも、今の自分の状態を冷静に見つめ、律してくれる人は大人になるとほとんどいない。皆さんの周りには本気で向き合ってくれる人はいますか?

「分かっているはずなのに」

子どもがやらなきゃいけないことを「分かっているはず」なのに、お母さんの促していることを子どもが「やってくれない」。つまり、子どもがわかっているはずなのに行動にうつしてくれない。その背景には、他の場面では行動できていたり、言語的な発達の遅れがはっきりとは見られなかったり、「理解ができている」と思われる表れがあるのだろうと思います。でも本当にわかっているのだろうか。その視点に立つ大切さを痛感しています。本当にわかっていたら行動しているのでは?もしかしたら、の視点。「分かっているのに」となると、すぐ様怠けやわがまま、甘えとするのは違う。例えそうであっても、その表れには意味があります。「分かっていない」(理解できていない)かもしれない。「分かっていても」できないのかもしれない。例えば、理解の仕方に偏りがある。言われた後に何らかの刺激が入ると、忘れてしまう。マイペースで、分かっていても大人の思うタイミングでできていない、と判断されていることもある。しんどいことはやりたくない、やる気にならない。何かに没頭していて切り替えができない。いくつもの~かもしれないを紐解き、行動・表れからの理解を深めていくことで、手立てや支援が見えてくる。子どもの発達と育ちに寄り添ったものであるように。見つめる側の自己満足で終わらないように。何度も何度も繰り返し深めていくことの大切さを感じています。